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全国の地区別研究会のご紹介

Introduction of regional study groups in Japan

九州地区研究会

2022年度 九州地区研究会報告

日時:2023年1月7日(土)13時半~16時 会場:[対面]九州大学西新プラザ多目的室、[オンライン](Zoom)
テーマ:「当事者であり研究者である私のオートエスノグラフィー -コミュニケーションとしての研究を目指して-」
話題提供者: 大川ヘナン会員(大阪大学大学院博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)

①開会挨拶及び、開催主旨の説明
②話題提供者による発表
③発表に対する質疑応答
④ディスカッション
⑤全体討論
⑥話題提供者からのフィードバック
⑦閉会挨拶
<対面参加者:6名 オンライン参加者:4名>

多文化社会日本において、様々な問題の解決に向けてアプローチするためには、研究者による理論構築だけでは、不十分であり、問題の当事者であることや、問題解決の実践者による具体的な行動が求められている。
当事者であり、研究者でもある話題提供者の経験をオートエスノグラフィーから描き出し、当事者と研究者の関係性についての検討を行うことを目的として、九州地区研究会が開催された。

①まず、開会挨拶及び開催趣旨について、九州地区研究会委員長の小林会員からの説明があり、続いて同じく九州地区研究会委員の山田会員から、話題提供者として大川会員を招いた経緯について説明が行われた。大川会員は、当事者であり、研究者であり、実践者である。研究者と当事者の関係性についてどのような話題提供が行われるのか、会場の期待が高まった。
②そして、話題提供者による大川会員の発表に移る。大川会員は、日系ブラジル人3世/在日ブラジル人2世であり、教育社会学を専門としている。在日ブラジル人の教育達成をテーマに研究が本学会誌の最新号にも掲載されている。本発表の経緯としては、2022年に異文化間教育学会の特定課題研究において、それぞれに研究方法から「移動」をめぐる経験を捉えたことにあったという。「当事者」であり「研究者」であり、研究の「協力者」になった経験から、「当事者」と「研究者」の関係性について問い直しが必要だと考えたのは、質的研究において「描かれる」ことに関する議論が限定的であり、「描くこと」「描かれること」の非対称性があると指摘する。大川会員自身が「描かれた」経験を持っており、その経験を通じて研究/研究者に対してある種の違和感を抱いていた。協力者にとって、「描かれた」ことがその後の人生に影響を及ぼすことがないのだろうか、当事者の真実は研究者を通じてしか伝えることはできないのかという疑問を持ったという。「語れば」利用され、「語らなければ」相手にされない…黙っている人は無視される。研究対象者となる「外国人」に入るためには、いくつかの条件が必要であるという指摘に、「あなたは、研究を「善」と前提に、無批判に立っているのではないですか」と問われた気がして、調査対象のアイデンティティを問い続ける非対称な関係性について深く考えさせられた。
次に、批判的アプローチの視点から研究者と当事者の関係性を考えて、オートエスノグラフィーに話題が移った。オートエスノグラフィーとは、「調査者自身が自分自身を研究の対象とし、自分の主観的な経験を表現しながら、それを自己再帰的に考察する手法(井本2013)」である。物語について考えるのではなく、物語を通じて考えていくことであるという。大川会員は、自身の物語で、かつての自身をありふれたニューカマーだと表現し、大学院に進学したことによって研究者の視点を得たが、一方で葛藤が生じ、その葛藤を理解していく過程で、オートエスノグラフィーに出会ったそうである。さらに、物語では、2冊の本を紹介した。1冊は大川氏を「当事者」にし、文字にされる救いを得た本である。もう1冊は、大川氏を「研究者」にし、同時に文字にされる戸惑いを感じた本である。この2冊の本により、矛盾した2人の「私」を抱えたとのことである。自分自身の描き方に研究者として納得はできたが、当事者として疑問が残ったという。研究者の認識は、外部的要因の影響を受けるとし、それにより当事者の認識との間にずれが生じていくという。また、そのような認識のずれに対して、どのように向き合っていくのかが重要であり、当事者を交えた研究発展の可能性について示された。研究のプロセスに当事者の問い直しを組み込むことで、直線的なものから循環的なものへと変化する可能性がある。研究自体が1つのコミュニケーションとなるような循環的な研究のあり方を提起された。
③質疑応答では、参加者からの質問に大川会員が答えられた。
④⑤休憩をはさみ、オンライン参加者、対面参加者に分かれて、ディスカッションを行った。大川会員の発表を受けて、それぞれが思う所、経験を語り合う場となった。特に、質的研究における客観性や主観性の考え方、オートエスノグラフィーの学術的な概念について議論が交わされた。さらに、協力者の匿名性と当事者性との関わり、研究者と協力者の間にある期待が相互に投影される可能性などについても参加者からの積極的な話題提供が行われ、大川会員を交えて率直な意見交換が行われた。大川会員は、インタビューする際に、自分の構え(ライフストーリー)をいったん話してから始めるそうで、研究者として自分の在り方を協力者に見せていることを感じた。
⑥⑦最後に大川会員よりディスカッションを踏まえて全体へのフィードバックが行われた。まず、研究を考えた時に、「誰のための研究なのか」を考えるという。さらに、「型にはまった形ではない研究」、例えば、当事者も学会に参加するなどの可能性について言及された。そして、当事者、研究者という2項対立の問い直しが必要だと結ばれた。

以上、大川会員の発表を起点として、参加者も日頃から思うところを吐露することができ、大変興味深い議論を行うことができた。その結果、参加者一人一人が自身の研究のあり方を問い直す機会となったと思う。大川会員の問題提起は、多文化関係学会で継続的に議論されていくべき課題の一つであると考えるため、次年度以降の研究会においても参加を願いたい。また、九州地区研究会では、コロナ禍以降、可能な限り、対面とオンラインでの開催を行っていることもあり、参加者同士で話しやすく、互いが研究者/協力者となった経験を語りあうことができたように思うため、今後もハイブリッド形態での開催を継続したいと考えている。一方で、参加申し込みをいただきながら、当日お姿の見えない方がオンライン参加者に多く見られたのが残念である。

報告者:清水順子(北九州市立大学)・小林浩明(北九州市立大学)