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全国の地区別研究会のご紹介

Introduction of regional study groups in Japan

関東地区研究会

2015年度第2回 関東地区研究会報告

2015年度第2回関東地区研究会 (2016年3月5日@青山学院大学)

話題提供者1:山本志都先生(東海大学)
発表テーマ:「異文化感受性の日本での実証研究に基づく考察とその教育・トレーニングへの応用」

今回の研究会は2件の話題提供があり、はじめに山本志都先生がアメリカで開発された「異文化感受性発達モデル」の日本版構築と応用の試みについて解説され、後にふたつの話題について参加者全員がグループに分かれて討議しました。

山本先生の話題提供では、まず、日本版のベースとなるMilton Bennettが開発した「異文化感受性発達モデル」(DMIS: Developmental Model of Intercultural Sensitivity)について説明がありました。文化的差異に対する感受性を自文化中心から文化相対に向かう発達モデルとして示すもので、否定、防衛、最小化、受容、適応、統合の6つの段階が想定されています。一般的にモデルは改訂を前提とするものですが、このモデルについても検討が重ねられており、“最小化”については2つの異なる見解があります。DMIS 開発に関わっているBennettとHammerは、ともに“最小化”を自文化中心から文化相対への移行期としていますが、その程度について、Hammerがより文化相対に近いと想定しているのに対し、Bennettは「『最小化』における経験は理論的に自文化中心的」としています。

次に、山本先生の日本人大学生を対象とした渡米前、渡米直後、5か月後の半構造化面接を質的に分析した研究が報告されました。抽象的レベルの共通性に注目する“最小化”がみられず、異質性に対する強い抽象的認識、具体的場面での自文化の枠組みの適用と相手からの理解の期待、身体的類似・差異に敏感、という結果が示されました。

この研究結果とBennett・Hammer間の“最小化”への見解の相違から、日本の文脈における文化的差異の認知について“最小化”相当部分に注目した新たな研究課題が導き出されました。文化的差異の経験がどのように認知され言語表現されるかについて質的に探索し、さらにDIMSとは異なる日本型の異文化感受性認知の構造を量的に検証する、混合研究法を用いた研究です。

その結果、不関与(拒絶・逃避)、無効化、克服(曖昧化・積極性)、容認(譲歩・尊重)、内面化というカテゴリーが抽出され、“曖昧化”と“譲歩”が自文化中心から一歩踏み出すステップになっている可能性が明らかになりました。“曖昧化”は「さほど違いはないはずと思うことで…違いの境界線をぼかし恐怖心をやわらげて心の壁を下げ」、“譲歩”は「違いの受け止め方を工夫し…できる範囲で譲歩しながら容認する心の幅を広げ、相手に対する解釈の幅を広げていく」ことです。

最後に“曖昧化”と“譲歩”の活用案が示されました。前向きで主体的な“曖昧化”の促進法として、境界線を作られたものであることを理解するためにリフレ―ミングを行うデジタル型と、「つながり」の感覚によって自他が包括される状態を作るアナログ型が紹介されました。また、不快な気持ちを逃がし文化的差異の受容を進める“譲歩”については、違いと向き合う方策の検討と、解釈ストーリーの意識が活用例として紹介されました。

討議は着席順の番号づけによる偶然性の高いグループ分けで行われましたが、意見交換は非常に活発で、全体総括のときには黒板に書ききれないほどのコメントが出されました。多文化・異文化にかかわる人たちの間で広く知られたモデルの日本の文脈での再検討がテーマだったわけですが、モデルに対する建設的批判が多く寄せられたことからオリジナルモデルへの注目度が高いことがわかったのと同時に、欧米発モデルから脱却し日本の文脈での研究・実践の充実を求めるモメントの強さ、そして今後の具体的プログラム開発への期待の強さを実感しました。
報告者:赤崎美砂(淑徳大学 国際コミュニケーション学部)

話題提供者2:石黒武人先生(順天堂大学)
発表テーマ:多面的理解を支援する『コンテクスト間の移動』(Context- Shifting)

石黒武人先生は、種々のコンテクストへ意図的に視点を移動することによって、現象の意味を多面的に理解するためのモデル(コンテクスト間の移動:Context-Shifting(CS))を紹介してくださいました。

まず、その背景として、多様かつダイナミックに変化する現象を、限られた数のコンテクストを用いて理解する傾向が私たちにはあり、それにより、誤解、摩擦、対立が起きてしまう恐れがあることを指摘されました。その上で、石黒先生はCSを「人々が現象を理解する際に、最初に用いたコンテクストから別のコンテクストへ意図的に視点を移動し、認知的フレームを変更することであり、それに続くエンパシーの実践である」と定義され、現象の限定的理解を解きほぐし、より多面的に理解する過程を支援することができるモデルであると説明されました。

次に、異文化コミュニケ―ション能力(ICC)研究におけるCSの位置付けを概説された上で、CSが示す3層構造のフレームワーク、すなわち、ミクロ・コンテクスト(コミュニケーションにおける特定の状況)、メゾ・コンテクスト(①組織タイプ、職務グループ、②カテゴリー指標:属性による配置、地理的配置の2層)、マクロ・コンテクスト(トピック指標:グローバル・トピック、形而上学的トピック)を紹介されました。そして、カナダに留学している中国人と日本人の異文化コミュニケーション摩擦を例に挙げ、自動的に前景化されたコンテクストを相対化および脱中心化するプロセスを、CSモデルを用いて示されました。

後半のディスカッションでは、シフトにはリスクと困難が伴う(例えば、移動することで仲間から排除される恐れがある)のではないかといった指摘や、モデルを目標とすることによるメンタルヘルスへの影響、シフトによる認知または情動の変化をどう行動に結び付けていくのか、といった様々な意見が参加者から挙げられました。さらには、教育(トレーニング)にどのように応用していけるのか、といったところまで議論は深まりました。

議論の場も含め、非常に多くの刺激を受けたセッションでした。異文化コミュニケーションの幅広い領域において、様々な応用が期待できるモデルにいち早く触れることができ、大変得をした気分になれた研究発表でした。
報告者:横溝 環 (茨城大学 人文学部人文コミュニケーション学科)