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全国の地区別研究会のご紹介

Introduction of regional study groups in Japan

関西・中部地区研究会

2008年度 関西・中部地区合同研究会報告

場所: 関西学院大学 大阪梅田キャンパス
テーマ: 「異文化における日本人のコミュニケーション行動を探る」
参加人数:  11名

第1部:「オーストラリア・カウラ捕虜収容所日本兵脱走事件: 日本人のコミュニケーション特性からの考察」
話題提供者(1):柳本麻美氏(桃山学院大学)

本発表は、1944年8月5日、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州カウラにあった戦争捕虜収容所で発生した、日本兵捕虜による集団脱走自決事件について、日本人の行動の要素の点から考察したものである。柳本氏はこの事件について修士論文で扱ったことがあり、今回は執筆時には気づかなかった問題点などについても、再度考えを深めてみたいとのことであった。
戦時中カウラに設けられた捕虜収容所では、中で区切られた地区別に各国の捕虜を収容しており、日本人捕虜は42の班に分けられていた。そんな折、別の収容所での暴動を機に、捕虜の一部を別の収容所に移すことが通告された。その後すぐ行われた班長会議ではそれに反対する意見はそんなに多くなかったのだが、1人の班長が脱走を持ちかけたときに状況が一変する。その意見が元となって班員による投票が行われたが、その結果、脱走に賛成したのが8割に上ったのである。すぐに計画が練られ、当日の深夜に実行された。彼らの目的は脱走そのものではなく、武器のない収容所から脱走して自決することであり、結局死者234名、負傷者108名を出した。
柳本氏の疑問は、(1)行動に関わる要素は、戦陣訓の他にも、日本人の特性、捕虜収容所という場所における偽りの身分関係、建前と本音の併存、オーストラリアでの異文化衝突など色々考えられるが、それらがどう絡み合ってこのような行動に結びついたのかということ、(2)当初それほど多くの捕虜が脱走に賛成していたわけではなかったのに、たった1人の班長の意見を契機に突如賛成に転じ、死へと向かうだけの脱走計画に参加したのはなぜなのかということ、(3)このような日本人捕虜の行動については、「生きて虜囚の辱めを受けず、云々」という戦陣訓に基づく説明がされやすいが、海軍兵が最初に収容され、後に陸軍兵が収容されるようになったカウラにおいては、必ずしも最初から日本兵捕虜が脱走を計画していたわけではなかったのに、このような事態に至ったのはなぜなのか、といった点に向けられていたようである。
質疑応答では、日本兵が取った突拍子もない行動に注目が集まり、その行動を引き出した日本人の特性について議論が交わされた。その中で、日本人には普段は温厚であるが、切羽詰まった時には突拍子もない行動を取る特徴があり、そのことについての検討が必要なのではないかという意見が出された。この事件については、興味を持っている人も多く、また研究会の3日後にカウラの事件を扱ったドラマが放送されるということもあり、質疑応答は盛り上がりを見せた。
文責: 西端大輔(大阪大学・院)

第2部:「デュッセルドルフの日本人社会の調査をはじめて」
話題提供者(2):中川慎二(関西学院大学)

中川氏は、ドイツの在留邦人の多くが集住しているデュッセルドルフを拠点に、在住日本人への面接によるライフヒストリーの語りを中心に、参与観察や、文献調査をもとに、ドイツにおける日本人社会と現地社会とのかかわりを描き出すための調査を行っており、その研究について報告された。
デュッセルドルフには、ドイツ全体の日本人の22.8%、7681人が集住しており、日本クラブの個人会員は約5000人という規模で、駐在員とその家族からなる日本人社会が、現地に住み着いた日本人との一定の関係を保ちながら存在している。これほど集住するのは、日本人のためのインフラとして必要とされる組織が揃っているためであり、その中心に「在ドイツ日本商工会議所、日本クラブ、日本人学校」が位置している。ちなみに日本人学校はヨーロッパで最大規模である。いわゆる「本住まい」の意識の強い労働移民からなる日本人社会と違って、駐在員は3年から6年程度で異動になるケースが多いために、デュッセルドルフでも「仮住まい」の意識が強いという。面接をした駐在員の多くは日本人コミュニティへの意識が強く、ドイツ社会と交わる接点は限られているという。
また、広義に捉えた現在のデュッセルドルフ周辺の日本人社会は構成メンバーの高齢化と若齢化の問題を抱えている。高齢化は、戦後ドイツに労働力として派遣された人、駐在員としてドイツに渡った後に住み着いた人たちが70歳代から80歳代になっていることから起こっている現象で、現在では高齢者介護を目的とした日本人のグループがドイツ国内で活動している。弱齢化は、駐在員の子供たちの年齢層が低くなってきており、中学・高校の年齢から幼稚園・小学校にその中心が移動してきていることである。中川氏によると、彼らの日本人コミュニティとの関係の持ち方は、(A)どちらかというと日本人コミュニティに暮らしている、(B)どちらかというとドイツ人コミュニティに暮らしている、(C)どちらの空間も行き来している(ハイブリッド)、(D)高齢化してハイブリッドになりつつある、という4つのタイプに分類される(仮説)という。
今後、さらに詳細な分析が行われるということで、報告の続編が期待される。このような海外の在留邦人の分析を通して、日本に在住する外国人のコミュニティの日本社会との関係性や彼らの日本社会への帰属意識の多面性の問題を理解するための重要な枠組みが提示されるのではないかと思う。
文責: 松田陽子(兵庫県立大学)